株式会社 那知組

【所在地】北海道富良野市緑町2-1 【TEL】0167-23-3585 【事業内容】建築土木・設計・施工・一級建築士事務所・不動産

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家作りは人作り。人と人の縁が築く会社の歴史

個人住宅から公共建築まで、富良野の暮らしを支え続けて

1946年に大工仕事の請負業として開業し、70年以上の歴史を築いてきた。富良野の老舗だからこそ、地域の暮らしに密着した住宅を建てられるのが強み

富良野高校や富良野協会病院、富良野演劇工場ほか、数多くの公共建築に関わってきた株式会社 那知組。フラノマルシェなどの商業施設やマンション、個人住宅も幅広く手掛け、創業から70年以上の歴史を築いてきた。

現在、社員数は18人。少数精鋭のプロ集団を率いるのは、3代目の平沢幸雄代表取締役社長だ。富良野商工会議所副会頭などの要職を務め、温厚で実直な人柄は、地元の経済界でも幅広い信頼を集めている。建設業界は代々子供に跡を継がせる社長が多いが、平沢社長と故・井野澄雄前社長は、もともと部下と上司の間柄。40年以上前、創業者の娘婿だった先代が東京の建築会社へ修業に向かった時、たまたまその会社にいたのが、旭川出身で12歳年下の平沢社長だった。

平沢社長は水田農家の三男に生まれ、旭川工業高校の建築科を卒業後、東京で就職。先代とは、そこで2年間一緒に働いた。そして1976年。29歳の時に、環境の良い北海道で子供を育てたかったこともあり、先代の熱心な誘いで那知組に入社。そして、先代の猛烈な仕事人間ぶりに驚かされることになる。

先代は寝る時も業務用のメモ用紙を離さないほど仕事熱心で、毎日仕事の話ばかり。「平沢なぁ。あの現場どうなってる?」「平沢なぁ。日曜や雨の日も、働きたい大工さんはいるぞ」。次々と指示を出され、東京時代よりもずっと忙しくなった。それでも戦国時代の武将と側近のように力を合わせ、競争が激しい建設業界で戦い抜いてきた。

地域貢献のため、公職にも励む平沢幸雄代表取締役社長。商工会議所副会頭、交通安全協会会長、建設業協会会長を務める

「先代は1年365日、仕事のことしか考えていなくて、仕事に厳しい人でした。でも贅沢をせず、私利私欲がない人で、この人になら付いて行けると思ったんです」。先代は決して贅沢をせず、会社の経費削減にもうるさかった。

「会社は仕事がなくなっても2年間は社員が暮らしていけるように、貯えておかなきゃだめだ」。それがモットーだった。

堅実な経営で、企業としての基礎体力を蓄えること。

その大切さを平沢社長が実感したのは、1990年代にバブル経済が崩壊した時。建設業界の景気が急激に冷え込んでも、同社では資金繰りの心配がなかったのだ。そして亡くなった先代の後を継いで20年以上経った今も、先代の仕事に対する真摯な姿勢や、会社を守るための教えを決して忘れない。

社長就任後は「快適な住まいの創出」を目指し、低価格でコンパクトな北方型住宅の提案に取り組んできた。全国規模の大手住宅メーカーよりも、地域に密着した住まいを設計・施工できること、建てた家が5年後、10年後、修理が必要になった時、すぐに飛んで行けることが、富良野の建設会社ならではの強みだ。

「社員には富良野で働かせてもらっていることに感謝し、人の輪を大切にしてほしいと思います。家は一度建てたら、何十年も残る自分たちの作品です」。そう語る社長自身、地域への恩返しをと交通安全協会の活動に力を入れ、今は富良野でドライブを楽しむ海外観光客のために、交通標識の整備などに尽力。「仕事はお金ではなく人のため、みんなの幸せのためにするもの」という信念を、社会貢献に広げている。

公職で多忙な社長に代わって社内の実務を担うのは、一級建築士の林誠専務(写真中央)。荒崎主任を交えて打ち合わせ中

工事部で設計から施工まで、あらゆる業務を担う主任の荒崎真由美さんは、入社して約20年。平沢社長が「責任感が強くて頑張り屋。これからも会社を背負っていってほしい」と期待する中堅社員だ。穏やかな笑顔が印象的な女性だが、現場では仕事に妥協がなく、厳しいと評判だ。

中富良野町生まれの荒崎さんは富良野高校を卒業後、札幌のデザイン専門学校へ進学。インテリアコーディネーターを目指していたが、卒業を前に就職活動に駆け回っていた当時は、まさに就職氷河期。札幌でインテリア関係の就職口は見つからず、富良野へUターンして同社に入社した。建築業界で女性社員の仕事といえば、内勤の事務が普通だった時代のこと。工事部で家作りに関わりたいという女性は、同社だけでなく富良野の建築会社で初めてだった。当時専務だった平沢社長が面接を担当し、男社会で若い女性がやっていけるのかと心配したが、荒崎さんの熱意と意志の強さに負けたという。

工事部の女性第1号として、苦労はなかったのだろうか。

安全第一で工期を厳守。チームワークを発揮して、円滑にかつ正確に仕事を進めていく

「家を建てる奥様たちは、担当者が女性だと相談しやすいって言ってくださいますし、現場でも力仕事の男性って意外と優しいですよ。今は女性の鉄筋工さんや左官さんも多いし、現場はすごく楽しい」と荒崎さんは明るく笑う。

建築の道に方向転換したことに、後悔はない。生前の先代に「インテリアコーディネートより、家を建てる方が面白いべ?」と声を掛けられたこともあった。おしゃれな個人住宅のニーズが高まる今、インテリアを学んだ経験も役立っている。

工事部主任の荒崎真由美さん。設計から工事の管理、現場監督まで何でもこなし、会社にとってなくてはならない存在

また、同社では社員が資格取得に熱心で、積極的に建築士などの試験を受けている。

荒崎さんは忙しい仕事と平行して勉強を続け、難関の1級建築施工管理技士を取得した。さらに建築・医療・福祉を幅広く学び、福祉住環境コーディネーター2級検定にも、社内でいち早く合格。今年は富良野市内の農家さんの4世代住宅を担当し、勝手口の広さや洗濯スペース、リビングの眺めまできめ細く配慮し、家族が将来も快適に暮らせる家を設計した。

そんな荒崎さんのリフレッシュ法は、休日に家でくつろぐこと。「鳥好きのお客さんの影響でジュウシマツを飼い始めて、姪と一緒に世話をしています。部屋に放して、おいでーって呼ぶと飛んでくるんですよ」と目を細める荒崎さん。家で過ごす時間を大切にする人だからこそ、住む人に優しい家を建てられるのだろう。

職長として、現場監督を補佐する徳武尚貴さん。仕事は忙しいが、周囲の笑顔にやりがいを感じる毎日。社員や協力業者の人たちと交流できる忘年会も楽しみ

工事部で一番の若手は、入社して8年の職長・徳武尚貴さん。現場監督の補佐を務め、工期を守るためには残業や休日出勤も進んで引き受け、忙しい毎日を送っている。

上富良野町出身の徳武さんは、一度富良野を離れて自動車工場やトラックの運転手など、さまざまな仕事を経験してきた。富良野に帰ってきて2年目に、先輩の紹介でこの会社へ。短期雇用契約で働き始め、頑張りを認められて正社員として採用された。

「安全第一の仕事ですから、先輩たちは優しいだけじゃありません。厳しい時もあります。でも面倒見がいい人ばかりで、3、4年で仕事に慣れました。現場は体力的につらいし、冬の寒さが厳しい時期はきついですが、仲間たちと『何とかなるさ』と笑い合っています。何より建物が完成して、お客さんたちに『ありがとう』って喜んでもらえるのがうれしいです」。いつも仕事仲間とお客さんの笑顔に励まされると、少し照れながら語る徳武さん。昨年は2級建築施工管理技士の試験に合格し、今後は1級を目指すつもりだ。

社内でも「性格が素直で、仕事を理解してくれている」と評価は高い。

平沢社長は「几帳面で礼儀正しく、頼まれた仕事は断らずにやり遂げてくれます。去年は台風の被害が大きかった南富良野町で、ボランティア活動に率先して参加していたんですよ」と教えてくれた。

棟梁の西村正義さん(写真中央)は、入社して50年近い大先輩。長年の経験と熟練の技が、家作りを支える

徳武さんは家に帰れば、8歳と3歳、10カ月の3人の子のお父さんだ。家族のためにも、病気やけがはしないように気を付けている。富良野に戻ってきてよかったと思うのは、家族や友人たちと共に四季を感じる時。雪が残る白銀の山並みと、薄紅色の桜のコントラストが美しい春。キャンプやビールパーティーで盛り上がる夏。紅葉の秋。スキーが楽しい冬。

釣り好きの徳武さんにとっては、北海道の中心部から、道内各地の海へ出かけやすい環境も魅力だ。「富良野は昔からの友人知人が多いので、何かあった時は心強いです。家族で遊びに行ける施設が、もっとあったらいいなと思うことはありますが」。

地域の生活を知っているからこそ、暮らしやすい家を建てられる。仕事に懸ける誇りは誰にも負けない

いつかファミリー向けの新しい施設が富良野に誕生する時、現場監督を務めるのは徳武さんかもしれない。

お父さんが作った施設で遊べたら、子供たちはどんなに楽しいことだろう。

企業概要

企業名 株式会社 那知組
所在地 〒076-0021 富良野市緑町2-1
電話番号 0167-23-3585
FAX 0167-23-4887
メールアドレス nachigumi@nachi-home.co.jp
ホームページ http://www.nachi-home.co.jp/
設立 1966年12月23日
事業内容 建設業・設計業・不動産業

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