チャレンジにこそ、酪農の未来がある!
創業120年目のベンチャー企業
「牛乳や乳製品はどこの家庭に食卓にとっても大切なもの。『おいしい』と言ってもらえるものを届けたい」と語る藤井部長
「社員50名中、20代は20名(40%)。どんどん新しいことに挑戦していこうという企業です。酪農業界って実は自分次第、やり方次第で、いろいろなチャンスや可能性のある業界なんですよ」。
1904年創業、酪農・乳製品加工業の藤井牧場、藤井睦子取締役総務部長はそう語る。現社長の妻でもある。
藤井牧場産生乳を90%以上使った、牧場自慢の飲むヨーグルト。すっきりと抜ける爽やかな酸味の中に、牧場自慢の上品なコクとまろやかさ。藤井牧場のこだわりがぎゅっと凝縮されている
「牛も人もどんどん育てる牧場」をスローガンに掲げる同社。
1000頭を超える牛を飼育、管理し、高品質な牛乳、乳製品を世に送り出すために、日々新しい取り組みに挑戦する「ベンチャー企業」でもある。
「牧場の仕事自体はやっぱり簡単な仕事ではないです。朝は早いし、体力勝負。包み隠さず言ってしまえば、きつい、きたない、くさい。でも、それをどうってことないと思えるくらい、やりがいがあると思うんです。社員たちが生き生きと働く姿を見ていると、きっとみんなもそう感じてくれているんじゃないかな、って思います」。
藤井牧場の代名詞ともいえる本格的ながら食べやすい「ゴンダチーズ」、サラダやピザに良く合うモチャレラチーズ、ふぞろいなさけるチーズなど、藤井ファミリーをモチーフにしたイラストとユニークなネーミングがマッチした、目にも楽しい製品ラインナップ
生き物の生死に直に関わること。
牛乳という、どこの家庭にもあり、健康維持や食生活に欠かせない大事なものを届けるということ。
藤井部長はそういった使命感も常に大切にしているという。
元々はテレビドラマ「北の国から」の世界観や北海道という土地に憧れて、出身の石川県から帯広畜産大学へ進学。そこで富良野市出身の社長・雄一郎さんに出会い、
雄一郎さんが社長に就任してから7年。新しい酪農業の在り方を求めて常に挑戦の気持ちで業務に取り組んできた藤井夫婦。家に帰ると中学生になる双子の男の子と女の子のパパとママでもある
「ここへ来て最初のころは、牛のお世話でもなんでも、とにかく自分が一番頑張らなきゃいけないんだ!そうしてみんなに認めてもらわなくっちゃ!と必死でした。今思うと頑張りすぎちゃってたところもあるかな」と笑う。
現在は中学生になる男女の双子のお母さんという一面も持ち、同社では経理などを担当。
藤井部長と現社長の父である4代目・裕一前社長。赤を基調としたユニフォームとチェックのシャツ、そして笑顔が・・・本物の親子のよう
「頼れるところは頼る、任せるところは任せる、という風に今はできています。育児をしながらだから、ということもあるけれど、それ以上に社員たちと積み上げてきた信頼関係があるから」。
親元を離れて暮らす若い社員が多い中、生活面やメンタル面など、さりげなく社員たちの様子に気配りするのも藤井部長の仕事だ。
多忙な業務をこなすには体が資本。2015年に開設された社員食堂では、旬の食材を取り入れたメニューが1日2食(1食200円)提供される。自炊が苦手なスタッフにも好評だ
「ミーティングの時にちょっと鼻声だったな、と感じた子やなんとなく元気がないように見えた子。すべてとはいかなくても、できるだけ変化は見逃さないように、さりげなくフォローできたらと思っています」。
藤井部長の社員を見つめるまなざしは優しい。
牛を愛し、人を愛し、富良野を愛する人が育ち、集う牧場を「藤井牧場」は目指す
「富良野のね、冬が好きなんですよ。そりゃあもう寒くて寒くて、吹雪の日なんかはもちろん、大変な思いをするわけだけど。あの寒さがあるから、春の暖かさをいっそうありがたく思うし、夏の降り注ぐ光に感謝できる。秋の紅葉の美しさにも」。
現社長の藤井雄一郎さん、46歳。
経営面でも厳しいといわれることの多い北海道の酪農業界に、夏の日差しのように差し込む光を見出す若き五代目だ。
藤井牧場では年間約500頭の仔牛が生まれる。生まれてから6時間以内に4リットルの品質の高い初乳を給与し、離乳までの52日間で、生まれた時の2倍に成長することを目標にしている
「道内の主要産業の中でも、ここまで厳しくて、そしてここまで新しくなろうとしている業界は他にないんじゃないかな。道産乳製品はアジアのマーケットでもブランド力を持っていますし、伸びしろや展望というのは本当に大きいと思っているんです」。
1000頭以上の牛の飼料を育てるのも重要な仕事。牛が健康に育ち安全な生乳を生産するために、富良野の大自然を相手に、東京ドーム100個分以上の飼料畑で栄養価の高い牧草やデントコーンを収穫する。
2012年に、酪農部門では国内初となる「農場HACCP」(衛生管理向上のために微生物や汚染などを継続的に監視・記録するシステム)認証を取得。
同年には、こちらも国内初、世界の最先端技術でもある「サンドセパレーターシステム」を導入。
牛の安楽性を最大限追求した砂の牛舎「サンドベッド」の柔らかさを保つために、砂の混じった糞尿の処理をできるリサイクルシステムだ。
こうした新しい牧場の在り方をどんどん形にしていく姿を、新入社員の時から見守ってきた社員がいる。
元々の趣味のフットサルに加え、富良野に来たばかりの頃は地元のバレーボールやバドミントンのチームにも参加。あっという間に街に馴染むことができたという花垣さん
今年入社14年目になる牛群管理部課長・花垣星也さん。
東京出身。高校卒業後はペット関係の専門学校に進んだ。研修で行った観光牧場では、馬、羊、アルパカたちの世話などを経験。大変だけれど楽しかった。中でも牛が大好きになった。
長期の休みのたびに自ら申し込んで関東圏のさまざまな観光牧場で研修をさせてもらい、「修業」にまい進。いよいよ就職という時、縁あって人に藤井牧場を勧められた。
北海道で就職、それも観光牧場ではなく酪農の牧場というところに躊躇はなかったのだろうか?
「自分でも不思議なくらい迷いがなくて。やるなら本場で、とも思いましたし。ほとんど二つ返事みたいに『はい、行ってみます!』って答えていました」と笑う。
牛も人もどんどん育つ牧場。「牛たちのために」色々な作業を分担し、進めていく
いよいよ実家を離れる1週間前。2011年3月11日。私たち日本人にとって、誰もが忘れられないあの日。東日本大震災が起こった。
日本中がまだ混乱している中、富良野へと旅立つ。
「宅配便が届かないとか、生活用品が一部そろわなかったりとか、そんな小さな不便はありましたけど、まずはすぐに仕事が始まりますし、仕事に慣れようと。それが自分のその時すべきことでしたから」
チーズはひとつひとつ丁寧に手作業で作られていく。移動販売車によるソフトクリームも人気商品のひとつ。北海へそ祭りなど、地域の祭事で味わえる
3月の富良野はまだまだ寒い。「体験したことのない寒さ」を感じたというが、慣れない作業も辛い早朝の起床も、持ち前の気力で乗り切った。
「もともと酪農の仕事に対して、良い面も悪い面も先入観を持っていなかったので、それがプラスに働いたかなって思います。自分はこれからどんな体験ができるのかな?そういうことにわくわくしていた気がします」。
花垣さんには「いつかは自分で牧場を経営してみたい」という大きな夢がある。夢に向かうポジティブな姿勢は、中堅の立場となった現在、後輩たちの鏡となっている。
「今の自分の立場ですべきことっていうのは、常に考えていますね。たとえば今は牛群管理を任されているので、どこの牛舎に牛が何頭いて、っていうのを常に把握してなきゃいけない。牛の状況を改善していくためには労働環境なり、人の配置なりを考慮して人事生産性を高めることが求められる。いかに効率よくやっていくか、そういったことも考えていく立場にあると思っています。かつ、後輩たちには自分もそうだったように、仕事の中に楽しみや夢を見出してほしいです」と力強い。
「北海道のこともっともっと知りたい」と宇佐美さん。富良野市街をドライブしたり、観光客向けのイベントなどにも参加して週末を楽しんでいる
「憧れの仕事につけたんだから少々のことではへこたれない、そういう気持ちで頑張っています」とはにかむのは宇佐美綾香さん。
今年大学を卒業したばかりの20歳。
子供のころから動物が大好きだったという。高校は地元・群馬の農業高校に進学し、和牛や豚、鶏などと触れ合った。
「ちょっと単純なんですけど、牛乳が好きなので今度は乳牛に深く関わってみたいな」と決意し、酪農コースのある大学に進学。そこで乳牛の世話や搾乳や牛乳の出荷などの経験を通し、漠然と抱えていた夢は現実の目標となっていった。
「やっぱり自分のやりたいことは酪農だ!そして酪農をやるならやっぱり北海道だ!って思ったんです」。友人には驚かれたというが、両親の強い後押しもあり、初めて北海道の地に足を踏み入れ、藤井牧場へ。
手際よく搾乳作業を進めていく宇佐美さん。1日3回、一頭一頭を丁寧に搾乳する
憧れの職には就けたけれど、毎日が100点満点ではない。理想と現実のギャップにちょっぴり悩む日もある。
覚悟はしていても、朝2時半起床の生活や、小さなミスをしてしまった時、そんな時は学生時代に書き記したノートや日記を見返す。
「初心に帰るというか。こんなに一生懸命勉強してきたじゃないか、一生懸命夢に向かって努力していたじゃないか、と過去の自分に励まされます。読み終えるころには自然とモチベーションがアップしています」と目を輝かせる。
2016年12月、待望の新事務所が完成。木の香りが心地よい空間で、新鮮な気持ちで毎日が始まる
入社して1年弱ながら、最近では搾乳責任者として、研修生などに指導することもある。
今の課題は「人に伝えること、教えることがもう少し上手になること」。教える立場になってみてあらためて上司や先輩の偉大さを実感しているのだとか。
チーズ工房兼住宅棟前にそびえる遊具に、花垣さん(左上)、藤井部長(中央上)、宇佐美さん(右上)、そして代表の藤井社長(中央前)。 2016年、藤井牧場は、新・人事制度研究会が主催する「日本で一番社員を大切にする企業大賞」第3位を受賞。社員一人一人に愛されている証拠だ
「この仕事はずっと続けていきたいと思います。1日1日できることを増やしていって、今よりもっと余裕をもって、いろんなことに取り組んでいきたいですね」。
将来の自分の姿を思い浮かべる20歳の女性は真っすぐ前を見つめていた。
進取の気風に富んだ社風。「やりたいこと」がたくさんあって、「なりたい自分」がはっきりと見えている、はつらつとした若い社員たち。藤井社長が描くように、酪農業の明日はきっと明るい。