お菓子を通して届けるもの
富良野から全国へ。自然の恵みが生きたお菓子をこの場所から
富良野本店は、自然に囲まれたロケーションも魅力。夏はテラス席やガーデン、ウッドデッキでもくつろげる
可愛らしい牛乳瓶に入ったプリンをひとすくい。
口の中で淡雪のように溶けていく滑らかさ。そして搾りたて牛乳のコクそのままのやさしい味わい。
改めて「おいしいお菓子は人を笑顔にするってほんとだな」と思う。
地元はもちろん、全国各地からお客さんが訪れる。入ってすぐのショーケースには、ここでしか買えない生菓子がずらりと並ぶ。
全国区の人気を誇るこの「ふらの牛乳プリン」を筆頭に、富良野や周辺地域の素材のおいしさを大切にしたお菓子を作る「菓子工房フラノデリス」。
工房とカフェを併設する本店は、木々に囲まれた別荘のような素敵なお店。
ケーキがずらりと並ぶショーケースの奥には、素通しガラスで仕切られた厨房で、テキパキと働くパティシエたちの姿が目に入る。
藤田社長の趣味はスポーツ。5年ほど前にロードバイクを、その後はトライアスロンも始めたそう。影響を受けて始めたスタッフもいる
「お菓子は、今日は何かいいことがあったとか、誰かを喜ばせたいと思って買いにくる人がほとんどでしょ。すごく幸せな食べ物だよね」
2001年にフラノデリスを開いた株式会社ルノールの代表であり、パティシエとして今も厨房に立つ藤田美知男さんは穏やかな笑顔でこう始めた。
「僕は最初、料理の道に進むためフレンチレストランに入ったんだけれど、最後に出てくるデザートの良し悪しが、店の印象を左右すると感じていて」
ならば本気で菓子を学ぼうと、大阪と東京の菓子店で経験を積み、2001年に富良野で自分の店を持つ。
しかしなぜ、出身地の岐阜でも修業先でもないこの街に?
店舗右奥に地方発送コーナーを設置。パソコンを使って簡単に注文できるが、パソコンが苦手な人用に手書き用紙も用意している
「通販で全国にお菓子を届けたいと思っていて、そのためにはどこに店を出すといいか考えていたんです。北海道は乳製品の品質が素晴らしいし、なかでも富良野は抜群の知名度がある。日本中の誰もが知っている街の、美しい自然とおいしい空気の中でお菓子を作ればきっとうまくいく。そう思っていました」
店の名が知れ渡るきっかけは、「ふらの牛乳プリン」の大ヒット。
開店した年からこれまでに、約1000万本も売れている「ふらの牛乳プリン」。季節により変化する牛乳の味を、あえてそのまま生かしている
「富良野らしい素材を探しているなかで富良野チーズ工房を知り、牛乳とチーズを使ってみたんです」
当初はプリンをカップで作っていたが、本当は熱伝導がよく、柔らかく仕上がるガラス容器を使いたいと考えていた藤田さん。偶然、富良野チーズ工房でお蔵入りになっていた小さい牛乳瓶を見つけ、ピンときた。
当時どこにもなかった瓶入りのプリンは、百貨店のバイヤーなどの目に留まり、瞬く間に有名に。
「最初は周囲から『瓶入りのプリンなんて変だ』って言われて。店に出した初日はたった9個しか売れなかった」
今では、夏のピーク時には1日数千個を売り上げる。
「僕はいつも、大切なものは、案外身近なところにあると思っています」
「ドゥーブルフロマージュ」は、プリンと並ぶ看板商品。2種類の北海道産チーズのハーモニーが楽しめるロングセラーだ
その考え方は、素材選びにも通じる。
そばにあるものを、できるだけ自然に近いまま使う。手間がかかっても、“本来あるべき味わい”を目指しているからこそ妥協しない。
街なかで夫婦二人で始めた店は、2004年に現在の場所へ移転。今は18人のスタッフとともに切り盛りする。
夫婦二人で始めた当時は、毎日朝6時前から24時過ぎまで仕事していた藤田さん。今も毎日厨房に立ち、スタッフに「本物のお菓子づくり」を伝える
藤田さんが、繰り返しスタッフに伝えている言葉がある。
「何をするにも、無意識にするのではなく、意識的にすること」
どんな仕事でも、自分の頭と体で“何が大切か”を感じ取ること。向上心を持って働くか否かで、年月を経た時の違いは大きい。だから、自分の時間を切り売りする感覚の人はこの仕事には向いていない、とハッキリ言う。
「指導が至らない部分もありますが、後輩が育っていくのを見るとうれしい」と笹原さん。製造のかたわら全スタッフの取りまとめ役もこなす
働く姿勢を重視する会社。そこに経験ゼロで札幌から飛び込んできたのが、現在は製造部門の責任者を務める笹原潤一郎さんだ。
「将来は自分の店を持ちたいという夢があって、畑違いの業界から転職しました。ケーキ屋は即戦力として経験者を募集している所が多いのですが、デリスの求人には『本人のやる気次第でなんとでもなる』ということが書かれていて。未経験の僕は、ここしかない、と思ったんです」
早く技術を身に付けて次のステップへ進みたい。先入観や固定観念がない分、どんなことでもスポンジのように吸収していった。
入社当初は、朝5時、6時に出勤して一日中プリン作り。かき入れ時には、朝3時や4時から働くことも。
「でも嫌になったことはないですね。慣れるまでは大変でしたが、朝早いのはこの仕事では当たり前。時間を無駄にしないようメリハリつけて仕事をしています」
常に上を目指して仕事に打ち込むストイックな笹原さん。「一緒に働くなら『フラノデリスでなきゃだめなんだ』という気持ちを持った人がいい」
製造、販売、通販を統括し、なんでも自信をもってテキパキこなしていく印象の笹原さん。でも、「自分は、まだまだ」という。
一つは、スタッフへの目配り。自分で考え、率先して行動できる後輩を育てたい。
もう一つは、新しい商品の考案だ。
「新商品をつくる発想は、常にアンテナを張って考えていないと。僕の場合、自分だったらどんなものが食べたいか、から考えます」
見た目がよくてもおいしくなければ意味はないし、どこかのマネになってもダメ。
「大変ですけれど、お客様の喜んだ顔を見るのがすごくうれしい。苦労が報われる瞬間です」
入社約半年後から、焼き菓子の売り場を任されている笠井さん。「ゆくゆくは通販も担当してみたい」という
販売スタッフの笠井しおりさんにも話を伺った。
お菓子屋さんで販売の仕事がしたいと、新卒で入り丸2年。
「お菓子屋さんって女性のイメージが強かったんですが、ここは意外と男性が多くて。ほかの販売スタッフは2人とも男性で、どちらも製造部門で入社した方たちです」
商品の陳列も販売スタッフの大切な仕事のひとつ。「お客様が選びやすいように、お菓子の魅力が伝わる陳列を心がけています」
この会社では、製造希望で入社したスタッフも必ず半年ほど販売を経験する。商品がどのようにお客さんの手に渡り、どう満足してもらっているか、身をもって知ることが店づくりにつながるからだ。
「職場は、20代から50代までのスタッフがいてアットホーム。飲み会があったり、スタッフの誕生日にはケーキを作ったりして、必ずお祝いするんです」
近過ぎず、離れずの、ほどよい距離感。居心地のいい雰囲気が伝わってくる。
「夏の一番忙しい時は、製造の人も販売の応援に出たりして、みんなで支え合っている感じです」
眺めのいい休憩室でつかの間の休憩タイム。他のスタッフとおしゃべりしたり、お昼ご飯を食べたりと思い思いにくつろぐ
販売のやりがいは、お客さんの反応がダイレクトに感じられること。
「今は焼き菓子売場を担当してるのですが、詰め合わせをつくるのが難しくて」
商品の組み合わせはいくらでもあるので、絶対にこれ、という正解がない。どの程度踏み込んで聞いていいか、迷ってしまう。
「先輩には、贈る相手の年代や好みを詳しく聞かないとお客さんが本当に求めているものは出来ないよ、と言われます。味や素材を聞かれても、今はまだ製造に確認することも多くて。早く一人前になりたいです」
「頑張ってね」と声をかけてくれた人、外国のお客さんへ英語で商品説明してくれた人。いろいろなお客さんに支えられながら、一歩一歩進んでいる。
店内にはカフェスペースも併設。ふらの牛乳など各種ドリンクのほか、パンケーキやフレンチトーストもあり、どれもデリスならではの味わい
日差しがたっぷり降り注ぐカフェの一角。
子どもがケーキをおいしそうにほおばる姿を、笑顔で見詰めるお母さん。
なんだか、ここはあたたかい。
幅広い年代のスタッフが、互いにサポートしながら働く。忙しい時期が過ぎるとお疲れさま会を開くなど、アットホームな雰囲気だ
藤田さんの言葉を思い出した。
「お菓子をただ作る、ただ売るんじゃなく、『お客様がどんな風に食べてくれるか』までイメージできてこそ、できる仕事」
人気店になっても、この店を大きくしたいとは思っていない。
大事なのは、もっと喜んでもらえる店へと充実させていくこと。
訪れるたびに、密かに、そして常に進化を遂げるフラノデリスを感じられるはずだ。