鉄板・お好み焼き店で国際交流
富良野で自分の人生を変えたい人を大募集
名物「炎のスペアリブ」は、ブランデーをかけて火を点けるパフォーマンスが大人気
「イッツ・ショータイム! テイク・ピクチャーズ!!」。
オーナーシェフ・谷口正也さんの力強い掛け声が店内に響き、食事中のお客さんたちが、一斉にカメラやスマホを構える。
鉄板の上で一瞬、激しく燃え上がる炎。
スペアリブに火を点ける名物パフォーマンスを、みんな楽しみにしていたのだ。
オープンキッチンで調理風景を見守る旅行客。ライブ感あふれる鉄板パフォーマンスに注目が集まる
2017年に開店20周年を迎えた「てっぱん・お好み焼 まさ屋」は、
旅行客の口コミサイト「トリップアドバイザー」で、富良野市内の飲食店No.1に選ばれた人気店だ。
他の店とちょっと違うのは、食事に来る人のほぼ8割が海外旅行客だということ。
夏はアジアからの観光客、冬はオーストラリアからのスキー客で賑わい、ホールスタッフも国際色豊かだ。
1997年5月にオープンし、2017年に開店20周年を迎えた
谷口さんが生まれ育ったのは、愛媛県の城下町・宇和島市。
雄大な自然に憧れて27歳の時にカナダへ渡り、1年半のワーキングホリデーを経験した後、日本を再発見しようとバイクで全国一周の旅へ。
たまたま北海道滞在中に車検が切れ、車検費用を稼ぐためにアルバイトを探した時、お世話になったのが富良野の農家だった。
「富良野で店を始めたのは、農家さんから
『うちの野菜を使って、お好み焼き屋やらないかい?』
と声をかけられたのがきっかけだったんですよ。
ところが、その年はメロンが不作で、出資の話がなくなっちゃって。
もう自分でやるしかなかったんです」。
雇われ店長にスカウトされたはずが、料理のプロではないのに、急遽オーナーシェフを目指すことになった。
そこで思い付いたのが「僕を売る店」を作ること。
自分のキャラクターを看板商品にして、お客さんをもてなそうと考えた。
ドラマ「北の国から」のファンだった故郷の家族は、富良野への移住を「いい所に住むことにしたね」と祝ってくれた。
「旅と出会いの素晴らしさを若い人たちに伝えたい」と語るオーナーの谷口さん
やがて「英語が話せるオーナーの店で、ニッポンのフードが味わえる」と評判になり、ホテルが海外旅行客に店を紹介してくれるように。
北海道旅行中のライダーたちも、口コミで「富良野に面白い店がある」と広めてくれた。
そしてインターネットが普及した今は、SNSで国際的に知名度が高まる。
焼きそばやお好み焼き、焼き飯をお客さんの目の前で作る。 〝魅せる調理〟が人気の秘密
谷口さんの願いは、自分の人生を変えたい人を応援すること。
そして、富良野をもっと多くの人に好きになってもらうこと。
多くのオーストラリアスキーヤーがお店を訪れ、気に入ってくれるのを感じ、富良野とオーストラリアの架け橋のために、オーストラリアへの2号店開店がオーナーの夢であり、お店を繁盛させてもらっている富良野への恩返しにもなる。
カナダへの渡航も夢として描き続け、高校卒業時に実行したオーナー。
夢の力「Power of Dream」を信じ、移住者たちにも、富良野での成功を信じて起業して欲しいと、
アメリカンドリームの富良野版「富良野ドリーム」を提唱している。
カウンターで、谷口さんの巧みなコテさばきに見とれるお客さんたち
英語に興味がある人のために、働きながら生の英語に触れられる場を作りたい。
ワーキングホリデーで日本滞在中の外国人が、働きやすい環境を整えたい。
そんな思いから店舗の2階に寮を設け、短期・長期を問わず国内外からスタッフを募集。
旅の楽しさを知ってほしいからと、春と秋のオフシーズンには各2週間の有給休暇を用意している。
谷口さんがオープンキッチンで調理しながら、穏やかな声でホールに指示を出す姿は、まさにチームの司令塔。
接客担当の外国人スタッフからの信頼も厚い。
台湾から来日中、富良野で働くシュイさん。店で一番好きなメニューは「富良野オムカレー」
台湾から来日中の「シュイさん」こと、許庭甄(シュイ・ティーンジェン)さんは、2016年7月に日本へ。
石川県や長野県を経て、2017年4月に「まさ屋」で働き始めた。
台湾のテレビ番組で美しい自然に触れ、ずっと憧れていた北海道。
休日には市内の桜や、滝川の菜の花畑、美瑛の青い池や田園風景を楽しみ、富良野の生活をアクティブに満喫している。
「シュイ from 台湾」の名札を見て、中国語圏のお客さんが話しかけて来る。観光のアドバイスもおまかせ
「スタッフさん優しいし、オーナーのスマイルかっこいい。仕事は忙しいけど、働きやすいです」
と笑顔で語るシュイさん。
アジアから訪れた旅行客が、自分の名札に「 from 台湾 」と書いてあるのを見て笑顔になり、
中国語で話しかけてきた時は、ここで働いていてよかったと心から思う。
お店のメニューや、富良野や美瑛などの見どころを中国語で説明したり、
お客さんの写真を撮ってあげたりして、みんなに喜んでもらえるのがうれしい。
今日もランチタイムに、たくさんのお客さんが訪れた。てきぱきと食器を下げるシュイさんとパコさん
「富良野はお天気がいいし、花がきれい。
野菜も果物もメロンのソフトクリームも、
チーズのラクレットも、何でもおいしいです」。
シュイさんが富良野にいられるのは、早咲きのラベンダーが咲く7月上旬まで。
ビザが切れる前に、ワーキングホリデー仲間と東京旅行の計画もある。
一面紫のラベンダー畑を見てから旅立てるか、開花状況が気になるところだ。
香港からやってきたパコさんは、日本語検定3級。ホールで接客を担当している
シュイさんとは対照的にインドア派なのが、香港から来た陳百鴻(チェン・パクホン)さんだ。
シャイな性格だが「パコさん」のニックネームで親しまれ、はにかんだ笑顔が女性客の間でひそかな人気。
ワーキングホリデーを利用してヨーロッパ各国を回り、2017年4月に来日してからは広島県や岡山県、四国、大阪を巡って、富良野へやってきた。
まかないは各自で調理する。 お店の食材を使って、好きなメニューを作ってもOK
今は寮に住み込みで働き、まるで地元の人のように静かに暮らす毎日。
よく行く所は、スーパーマーケットと近所のラーメン店。
休みの日は寮の自室で、インターネットのドラマを見て過ごすことが多いとか。
「富良野はインターネットで見ました。風景がとても美しいです。
住んでみた印象ですか?
外食が高いですね。ランチと夕食、1日2回お店で作って食べます」。
スタッフが各自でまかないを作る時間になり、鉄板で野菜を炒める手際の良さはなかなかのもの。
焼き師になって、炎のパフォーマンスをマスターすれば、店のスターを目指せるのでは?
「あれは危ないです。私の仕事じゃないですね」と笑顔で答えるパコさん、
どこまでもマイペースだ。
ご当地グルメ「富良野オムカレー」を調理中の谷口さん。オムレツには富良野産「さくらたまご」を使用
夏の繁忙期を支えて2017年9月末までは富良野で暮らし、来年は韓国と台湾に行く計画も。
「将来を考えるの、まだ早いです。もっと先でいい」というが、
将来的には香港で日本の企業に勤めることも視野に入れているそうだ。
カウンターの奥に並ぶ海外各国の紙幣は、お客さんたちに贈られたもの。国際色豊かな店の象徴だ
国内外から富良野へやってくる若手スタッフに囲まれ、6年前から仕込みと調理を担当している佐藤和子さんは74歳。
50年以上、飲食業界で働いてきた大ベテランだ。
週に6日の立ち仕事を元気にこなし、プライベートでは3人のひ孫のひいおばあちゃんでもある。
70代の今も、元気に働き続ける佐藤和子さん。若手スタッフに慕われる人気者だ
食の仕事に関わり始めたのは、子供がまだ小さかった頃、親戚のドライブインを手伝ったことがきっかけ。
夫婦で食堂を経営していたこともある。
「近所のラーメン店で働いていた時、店が閉店することになって、失業しちゃうなぁと心配していたら、店主さんがこの店を紹介してくれて。
社長が温和で、この人とならうまくやっていけそうだって思ったんですよ」。
富良野産の旬の野菜や、上富良野産の豚肉など、地元の食材にこだわった料理を提供
鉄板焼きの店だけに夏は店内が暑いし、接客に必須の英会話は苦手。
苦労もあるが、縁の下の力持ちとして、厨房の仕事にやりがいを感じている。
新しいスタッフが来る度に、行きつけのコーヒー店に連れて行くのも、佐藤さんが大切にしている習慣のひとつ。
慣れない土地で働き始める若者の胸に、さりげない心遣いが響くのだろう。
日本を離れた歴代の外国人スタッフから、谷口さんへ届くメールは
「サトウサン元気ですか」
「サトウサンに会いたい」
と佐藤さんのことばかりだそうだ。
オーナーの人柄に魅せられた多くのファンが、今年も富良野を訪れる
「コーヒー店に連れていった佐藤さんの方が、僕より人気なんですよ。僕は居酒屋でごちそうしたのに」
と苦笑する谷口さんも、「佐藤さんあってのまさ屋です」と心から信頼を寄せている。
来年は、長期休暇の度に札幌から働きに来ていた学生が、大学を卒業して富良野へ移住することを決めた。
まだ富良野を訪れたことがない人も、「まさ屋」では大歓迎。
楽しい仲間たちと働きたい人は、ぜひ問い合わせを。
2016年にリフォームした店舗。 2階には、住み込みで働きたい人のために寮を完備