時代と共により豊かに働きやすく
農業を子供たちがあこがれる夢のある職業にするために

農場の作付面積はスイカ30ha、メロン2ha、秋まき小麦16ha、ワイン用ブドウ7.2ha、サツマイモ1.0ha
東京ドーム約6.4個分の30ha。それが「天間農産本舗」のスイカ畑の広さだ。農業法人1社のスイカ作付面積では日本一とも言われ、最盛期には大玉スイカ、小玉スイカ合わせて1日7,000玉以上を収穫する。本州以南より遅い7、8月に収穫のピークを迎えるため、遠く離れた九州への出荷も多い。スイカ生産量日本一の熊本県でも愛される味の良さは、コツコツと磨き続ける栽培技術と厳しい品質チェック、そして豊かな自然環境から生まれる。
同社の経営面積は、メロンや秋まき小麦、ワイン用ブドウ、サツマイモを合わせると66.3haにもなる。近隣の後継者がいない畑も引き受け、2008年に法人化してから十数年で3倍以上の広さになった。

「まじめに 楽しく うまいもの」。農場の経営理念とスイカやメロン、小麦、ブドウを組み合わせたロゴが事務所の看板に使われている
そんな農場を支えるのは、経営理念の「まじめに 楽しく うまいもの」を合言葉に、力を合わせて農作業に取り組む仲間たちだ。社員とアルバイト、パートを合わせて約30人が在籍し、法人化する前から25年以上働き続けている社員もいる。中国やインドネシアから、遠い北海道へ単身働きに来る人も増えた。
農業のプロ集団は農家で生まれ育った人が多そうに思えるが、農家出身ではないスタッフの方が多く、まったく違う分野から転職した人たちも少なくない。今は人間がAIに仕事を奪われる時代になり、農業法人が就職先や転職先としてますます注目されるようになってきた。同社では以前から農業研修生を積極的に受け入れてきたが、最近はインターンシップに1年で30人もの申し込みがあり、3人に2人は断らなければならないほどだ。

3代続く農家の長男であり、法人化して2代目の社長の天間紀明さん。稲作から畑作に転換した農場の後継者として、経営を発展させてきた
農場に求められる人材の条件は何だろう? 農業に関心があることはもちろんだが、どんな人が求められるのだろうか。法人2代目社長の天間紀明さんに聞くと、「健康で明るく、みんなと仲良くできる人」と、とてもシンプルな答えが返ってきた。

2010年から使ってきたスイカのブランド名「ヒグマのごちそう」はイメージチェンジを狙い、「テンマスイカ」に変更。ロゴも天馬をモチーフにしたシャープなデザインに変えた

チームワークを発揮し、収穫したスイカの選果と箱詰めをてきぱきと進めていく農場の仲間たち。広々とした倉庫に活気がみなぎる
「農業は一人でする仕事があまりないんですよ。チームワークが必要な職場ですから、人間関係は大事です。誰とでも一緒に働ける人に向いています」。
農業未経験の人を受け入れられるのは、一人ひとりが何年もかけて少しずつ経験を積んでいける職場環境があってこそ。法人化で健康保険や年金、社会保障などの福利厚生を充実させ、特殊車両の運転免許や、農業関係の資格の取得の支援にも力を入れている。冬の農作業がない時期も給与を支給し、1カ月半もの長い冬休みが取れることも、従業員にとって大きな魅力だ。

フォークリフトやトラクターなど、仕事に必要な特殊車両の免許取得は会社が支援。かかった費用は、免許取得後勤続3年(大型は5年)で返済不要になる
「夏に頑張って、冬は休むのが北海道の農家本来の働き方です。冬はみんな海外旅行をしたり、趣味に没頭したり自由に休みを楽しんでいます。これだけ長く休める業種は、ほかにはまずないでしょう」。
そう自慢する紀明社長自身は、冬は毎年全国各地の出荷先約20件を回り、その年のお礼と翌年の相談をする。稲作農家の2代目だった父の幸博さんが畑作に転換して農園を法人化し、スイカの需要が多い道外への売り込みに成功して、2代目の紀明社長がさらに経営を強化してきた。
「昔の農家は春から秋に人手を集め、冬を迎えると解散するのが普通でした。でも季節雇用だと、次の年も来てもらえるかどうか分かりません。農業は、知識と経験がものを言う職人のような世界です。毎年新しい人に一から説明するより、経費がかかっても通年雇用で人を育てた方がいい」と紀明社長は語る。

一人ひとりの経験と知識、技術が大切な農業の世界で、従業員同士で情報を共有するシステム作りにも試行錯誤を重ねている
時代の流れと共に、より働きやすく体制を変えてきた。昔の繁忙期は曜日に関係なく毎日仕事が続くこともあったが、今は週に1日は必ず休めるように。農業法人の休日は年間70~80日が一般的とされるなか、2025年は年間124日の休日を確保できた。
労働環境のアップデートだけでなく、栽培技術の向上や情報共有の方法なども試行錯誤を重ねてきた。2011年には食の安全や環境保全、労働安全、経営管理などを審査する「JGAP認証」を取得。10年間ほど2年に1回の更新を続け、認証で学べる知識はもう得たからと、今は更新していない。経験と勘が頼りの農業を改革しようと、クラウドでの情報共有システム作りに取り組んだこともある。6年間続けてみて入力の手間と効率を考え、みんなで目を通しやすいLINEを使った作業日報に切り替えた。

敷地内に大玉スイカと小玉スイカの倉庫が並ぶ。トラックやトラクターの大きさと比べると、スケールの大きさがよく分かる
近年の設備面での変化は、光学センサー式の大型選果機を導入したこと。糖度の高さを標準より厳しくチェックし、より甘く品質の高いスイカを提供できるようになった。機械の周りには、中腰にならずに立ったまま作業ができるローラーコンベアも整備した。選果や箱詰めで腰を痛めないようにとの配慮だ。

農協などの大規模な施設で使われるのと同じ大型の選果機を導入。光センサーで糖度を厳しくチェックし、甘くておいしいスイカを出荷する

選果と箱詰めの作業場にはローラーコンベアを巡らせてあり、立ったまま作業ができる。中腰になって腰に負担をかけないための配慮だ
紀明社長の夢は、農業をさらに夢のある職業にすること。子供たちが将来の夢は何か聞かれた時、「農家!」「農業!」と答えられる明るい未来を思い描いて、経営理念も「まじめに 楽しく うまいもの」と子供にも分かりやすい内容にした。
人にまじめに接し、地域とまじめにつながり、努力を惜しまず作物をまじめに作る。たくさんの人と接し、お互いに楽しくなれる関係を築く。作物を育てることを楽しみ、おいしい農産物で人を笑顔にする。地元の行事を盛り上げ、富良野の人たちに愛される特産物を作ることで地域に貢献する。
その精神は社員みんなに浸透し、小学生の頃は野球選手になるのが夢だった紀明社長の長男・祐貴さんも、農業の専門学校への進学を決めた。

埼玉県出身の社員、関根保さん。農業大学在学中に天間農産本舗で農業研修を受けた。卒業後は県内の精米工場に就職したが、畑で作物を育てる仕事がしたいと富良野へ移住した
社員には富良野にはもともと縁がなく、道外から就職したIターン組もいる。埼玉県出身の関根保さんもその一人。小さな頃から理科が好きで農業に関心があり、農業高校から埼玉県農業大学校へ。在学中に、ここ天間農産本舗で農業研修を受けた。
しかし、「自分が農業をやるとしたら、土地も農機具も借金をして買わなければならない。今の自分には難しい」と慎重に考え、卒業後は埼玉の精米工場に就職。農家の生産物を商品にする大切な仕事ではあるが、工場の仕事が忙しくなるにつれ、また畑で働きたい気持ちが高まった。埼玉で紀明社長(当時専務)を交えて歴代の研修生が集まる機会があり、農業をやりたいという願いを訴えた。
「じゃあ、うち来る?」。紀明社長の一言で、関根さんの決意が固まる。公務員一家の家族も、転職先の農園が労災保険などの福利厚生がしっかりしていると知り、安心して送り出してくれた。社宅のおかげで住む場所に困らなかったことは、新生活の大きな支えになった。

富良野は一人暮らし向けの賃貸物件が少ないため、農業を志して単身移住する人が住まいを探すのが難しかった。そこで1DK14室の社宅と、一戸建て2棟のシェアハウスを用意
富良野には社長一家しか知り合いがいなかったが、地域の人が名前を覚えて声を掛けてくれた。青年団に参加して友達が増え、休日に誘われる機会も多くなった。北国に移住して初めての冬は、雪かきや雪道の運転が大変で、ドカ雪でハウスがつぶれないように、夜中に雪下ろしをすることに驚いた。でも慣れると何時頃に雪下ろしに行けばいいか、自分で予想できるようになった。
意外なことに、富良野に移住して一番苦労したのは「ごみの分別」だという。ごみの資源化率約90%の富良野は、分別の項目が多く14種類もある。「それだけ環境を大切にしているってことですよね。農業のまちですから。今は何か買う時から、分別を考えています」と関根さんは笑う。

露地スイカの収穫は7月から9月中旬。畑に雪が残る春先にハウスで種をまき、接ぎ木や苗の定植、不要なツルを取り除く芽かき、実の数を絞る摘果などの作業を経て、実りの季節を迎える
仕事が楽しいのは、畑でスイカを試し割りして、旨さを実感できた時。農園を訪れた修学旅行生が、スイカをおいしそうに頬張る姿を目にする時。そして、毎年スイカを送っている埼玉の古い友人に「もう他のスイカは食べられなくなったよ」と絶賛され、「そうだろ? 日本一だからな。スイカ畑の面積だけじゃなく、味も何もかも日本一なんだ」と自信満々に言い切れる時。「日本一」をモチベーションにできる仕事に、夢とやりがいを感じている。

社長一家しか知り合いのいない富良野へ移住し、少しずつ地域になじんでいった関根さん。雪国の冬にもすっかり慣れた
「新しい人が入ってきたら、しっかり育てたいですね。つらいこともあるけれど、楽しいだけだったら仕事じゃない。やり続ける根性があれば、苦手なこともできるようになります。仕事はいつも同じじゃなくて、いろいろやらせてもらえるし、作るものは同じでも、環境は毎年変わります。いかに平年に近付き、平年を追い越すかが課題です」と生き生きと話す関根さん。転職して10年以上経った今も、農業にかける情熱は高まるばかりだ。